「こういう日でも、君はサッカーのことしか頭にないのかね」
苦々しく、というよりはやや呆れた口調で言われたその言葉の意味を測りかね、後藤は食器を繰る手を止めた。
東京都心の夜景を一望できる、高層階のレストランはバーを併設している。グランドフロアのそれとは敷居の高さの違いを感じさせる空間は、彼の肩書きには見合っても、若さには見合いきれなかった。今年最後であろうメインスポンサーとの折衝に、そんな場で臨んでいるのは、先方の指定に他ならない。こちらから用意した席ならともかく、上等に過ぎる場の選択に、後藤は内心気圧されていた。
「こういう日、ですか」
鸚鵡返しに口にして、左手首の腕時計を見る。回る針の後ろで日付も数える盤面は、カレンダー通りの勤め人なら休日を示していた。年の瀬も迫った十二月の、土曜の夜だ。あと一週間もすれば年が明けて、三が日もそこそこにまた忙しい日々が始まる。年始の日程に考えを飛ばしかけて、危ういところで後藤は思考を今に戻した。まだ年内はきっちり七日もある。
「…………あ」
もう一度盤面を見遣って、思わず声が洩れた。続いてそろり、と目の前の相手を窺えば、視線がかちあってざわりと背中に汗が浮く。まさかと否定をする前に、嘆息混じりの台詞が思考に被さる。
「今日が何日か、忘れていたわけではないだろう」
「い、え、あの、」
時間稼ぎの間投詞すら満足に出てこず、喉元から上には血ばかりが昇る。確かに、今日が何日かを忘れていたわけではない。忘れていたのは、今日という日が持つ意味だ。十二月の四週目、土曜の夜。毎年街角やテレビでよく耳にする曲のタイトルは、日本におけるこの日をこれ以上ないほど的確に表している。
――――恋人たちのクリスマス。
がちゃん、と銀色の食器が耳障りな音を響かせた。自分で立てた雑音に目を白黒させ、俯いてどうにか取り繕おうとする後藤の向かいで、空気がゆるむ。
「――スポンサー権限の濫用と、公私混同にはもっと早く気付くべきだな。後藤GM」
普段に似ず、冗談めかして言う浅倉の口元は笑んでいる。意地の悪い笑い方だと後藤は思った。
「あ、なたが、こういうことをする、人だとは」
まともに顔を晒していられず、後藤はフォークを置いて目元を覆う。空調は適温のはずなのに、頬からまなじりがのぼせあがったように熱い。ように、ではないのだけれど。
「すみません、副社長に差し上げられる物なんて、私は何も」
「そんなものは」
続ける要求が、彼にとって酷く羞恥と緊張を強いるものであることを知っていながら、浅倉はいともたやすく突きつける。染みついた習い性と立場が、いつまで経っても後藤を戸惑わせる。人の目のない場所どころか、密室ですらそうさせるまでは毎回時間がかかった。
それでも、今夜ばかりは速やかに叶えられてしかるべき要望だと確信を持って、浅倉は言う。
「君が私を名前で呼んでくれれば充分だ」

PR