この歳になるともうすぐだろう、と言われてようやく思い出すのが誕生日というものだけれど、年上の多忙な恋人がそれを覚えていてくれるのは、素直に嬉しかった。残念ながら当日はどちらも仕事で、きちんと会って祝えるのはその三日後だ、と申し訳なさそうに伝えられて、頬が弛むのを止められなかった。全く仕方のないことだろう。だって、彼にとって自分の生まれた日は、オフを一日使って祝うに値する記念日なのだ。
「晩飯は、どこか美味いところに行こう。探しておくよ」
当人よりもよほど嬉しそうに、後藤が言う。ごく自然に率先して予定を立てようとするところに、ああ年上のひとなんだなあ、と再認識する。どうもこのひとは十年前から面差しが変わらないように思えていけない。若干の罪悪感を覚えつつ、緑川は苦笑を作る。
「折角ですけど、夕飯は家がいいな」
黒目がちな瞳がきゅう、とまるくなる。そうするとますます歳に似ず、幼い印象になるのを緑川は知っている。
「というか、朝も昼も夜も、家がいいんです。一日中ずっと、後藤さんに触っていたいので」
手を伸べて、すり、と顎の裏から耳の後ろへ指を滑らせる。途端に後藤は首をすくめ、後ろへ倒れようとする。反射的な反応まで予想に入れていた緑川が、長い腕でその背を巻いた。片方の手はなおも柔らかな膚をなぞり、くすぐる。
「や、ちょっ、緑川、こらっ、」
「ね、一年に一回ぐらい、とことん甘やかしてくださいよ」
丁寧に注ぎ込まれた囁きに、後藤の右半身が総毛立つ。やわらかくぬるい吐息に、わざと低めた声が乗って、酷くたちが悪い。
「わかっ、た、わかった、からっ」
どうにか引き締まった胸を押しのけ、困惑に眉間を寄せたまま後藤が折れた。穏やかに、けれど明らかに喜色を浮かべた緑川に、ああ年下だったなあ、と数年の差を思い出す。曲がりなりにも人生の先達だと言うのに、どうしてここまでリードが取れないのか、情けなくてならない。
「来週の木曜ですね、楽しみにしてます」
礼儀正しい肉食獣の笑顔の意味を、後藤はいやになるほど知っている。
それでも、急な出張が入らぬよう願うこころは、癪なことに少しも変わらなかった。