ま だ 完 結 し な い の か よ !
すみません、ラストまでの展開をメモってみたら前編:後編=1:3か4というアンバランスはなはだしいことになってしまいそうだったので、3話に分けることにしました…。
正直ここが書きたかった部分なのでもうオチとかいいんじゃないかという…。(お前)
注意
*社長の過去絶賛捏造中
*徹頭徹尾モブ(オリジナルキャラ)×若鰐
*多少アングラな空気(薬とか)
*徹頭徹尾陵辱される鰐
*左手の欠損表現あり
*救いがない
*しつこいけど18歳未満はご遠慮下さい
(将来の自分を労わる的な意味で)
以上のことを軽やかにクリアされた方は、続きからどうぞ。
人間というものは、思いの外頑丈に出来ている。
愛玩動物以下の扱いを受けながらも、確実に快方に向かっている身体を顧みて、クロコダイルは忌々しく思った。そもそも目を覚ましたところで峠は越えていたらしく、最低限の食事(口に運ぶ食器すら添えられていないそれを、食事と呼べるならば、だが)と睡眠を糧に、彼は緩やかに不調を脱しつつあった。
しかし肉体と反比例して、日毎にクロコダイルの精神は枯れていっている。昼夜のべつなく、船員の空いた時間にいつでも行われる蹂躙は、その度に彼が抱き人形に成り下がったことを痛感させた。特に意識を取り戻したあの日は酷い有り様で、あの二人の後何人に犯されたのか覚えていない。数えようなどとは思わなかったが、どの顔も見知った顔だったことと、口々に猥雑な雑言を吐きかけられたことだけは覚えている。
独り善がりに腰を振っておいて淫売と罵ってくる彼らを、クロコダイルは心中で嘲った。手淫で強制的に性感を引き出されることはあっても、彼が歪な交合自体から快を得たことはなかった。だから今断続的に上げている声も、背を突き飛ばされた時と同じ原理で口をついて出ているだけだ。内側の肉が擦れる違和感と規則的な衝撃が、彼の声帯を開く。
「っあ…ぅっ、ぐ、うっ、……っ」
背面で前腕同士をぴたりと合わされ縛られているせいで、後ろから突き上げられると庇えない額が床にぶつかる。犬のように呼吸を乱して貪る倉庫番は、己の快楽を追うのに必死で気付かないのだろう。抗議を諦めて久しいクロコダイルは、なすがままに貫かれながら男が果てるのを待つ。
やがて、どろりと生ぬるい体液が粘膜にぶちまけられ、異物が抜き出された。吐くことはなくなったが、厭わしい感触に変わりはない。
「……………っ」
立てていた膝を緩めようとした矢先、脚の間から眠ったままのそれを捕らえられ、クロコダイルは息を呑んだ。
「何だ、色気のねぇ声しか上げねぇと思ったら不能なのか?」
昂ぶる兆しすら見せていないそれを手慰みに弄び、男が尋ねてくる。萎れかけた感情がその一言で息を吹き返し、怒りを生んで鳩尾の辺りを燃やした。
「……夢見てんじゃねぇよ。勃つわけねぇだろ、ド変態が」
男を咥えこんで喘ぐくらいなら、まだ不能の方がましだ。相変わらず埃まみれの床で頬を擦って、彼は背後の男を侮蔑の眼差しでねめつけた。殴られるかと思ったが、火花が散る鈍痛の代わりに襲ったのは急激な閉塞感だった。死角から伸ばされた手で喉を絞められ、眇めた眼が一気に見開かれる。
「考えて物言いな阿婆擦れ、死にたくはねぇだろう?」
今しがた精を吐き出した筈の男の声は、興奮に上擦っている。クロコダイルの頭の中で警鐘が鳴った。
嗜虐抜きに女を抱けない人間は、往々にして首を絞めたがる。窒息して事切れた場末の娼婦の話は、治安の悪い港町なら茶飯事だ。このまま縊り殺される可能性が、酸欠の脳を過ぎる。
幸いにも気道はすぐに開放され、クロコダイルは肺を軋ませて咳き込むだけで済んだ。腹筋が引き攣れ、その動きで注がれた体液が溢れる。腿の内側を伝う感触に鳥肌が立った。
「あぁいいな、突っこまれてる時もそういう顔してくれよ」
やはり加虐癖があると見える男は、クロコダイルの顎を取って零れた唾液を舐め上げた。下りて来る前に飲んだのか、濃いアルコールの匂いが鼻をつく。粘りつくように唇を割ろうとする舌に耐えかねて、彼はその先に歯を立てた。
「――――――――!!」
放り出されて、肩から床に落ちた。落ちかかってきた髪が口に入るが、手が使えないので毛先をよけることすら難しい。身体ごと大きく首を振ると、いくらか視界が広がって顔の下半分を押さえている倉庫番が見えた。ああ、今度こそ殺されるかもしれない、と他人事のように思う。
「………ってぇな……! 何しやがんだこの売女が!」
仰向いて露になった喉を、再び湿った掌が縊ろうとする。咄嗟に息を吸い込んだクロコダイルは、圧迫に逆らって唇を動かした。
「………っせぇ……おれ……は……おん、なじゃ……ねぇ……っ」
女は好きだった。ココナッツやシトラスや花の甘い香りを纏った、聡明で愚かな姦しく優しい生き物。だが、彼女たちと自分を同列に見なすことは、陵辱を重ねられている今もできなかったし、また断じてしようとしなかった。船員の中には女代わりにして快楽を求めるより、かつての船長を組み伏せることに歪んだ愉しみを見出す者も少なくなかったが、彼はそれを知らない。
「………あぁ、そうか、てめぇまだ自分の立場が解ってねぇのか、ははッ」
唐突に手を離すと、男は底暗い笑い声を上げ、今度はクロコダイルの髪を掴む。それほど外見に頓着しない性質だったのが災いして、切らずに後ろへ流していた髪は伸び気味になっていた。切っておけば良かったと、どうでもいい考えを巡らせて現実逃避をする彼の鼻先に小さな紙片が突きつけられる。
「てめぇが俺らの娯楽のために生かされてるってことを、教えてやるよ」
薄い薬包紙は、内包した物を透かしてほのかに青い。見覚えのあるその色に、クロコダイルの顔から血の気が引いた。
船長の名を負った時から、彼が部下に禁じていたことが三つあった。未許可の敵前逃亡、無用な殺生、そして薬物の取引だ。それなりに周到ならどこの町の裏路地で捌けるドラッグは、利益を上げるに易い。だがそれは海賊のする商売ではないと、クロコダイルは船員が個人的に小金を稼ぐ売買すら禁じていた。彼自身が薬に依存する人間を蔑視していたのも手伝って、この船にはそうした薬の類は存在しない筈だった。
けれど目の前で振られたそれは、紛れもなく凶悪な酩酊を引き起こす「商品」だ。いつから扱っていたのか、己の片腕だった男の笑みを思い出し、クロコダイルは幾度目かの裏切りを知らされる。
「おい! 来いよ、手伝ってくれ」
戸口の方を向いて男ががなる。見張り番兼次の客(船員は自分達をそう呼んだ)の男はドアの隙間から頭を覗かせ、歯向かわれる危険はないと見なすとのこのこ歩み寄ってきた。
「次は俺だろ、まだこっちに回さねぇ気かよ」
「うるせぇぞ、しばらく堪えてろ。今からこれをぶちこんでやんだよ」
薄青い粉を指に挟んで見せつけ、男は投げ出されていた彼の脚を割り開いた。口腔への侵入に備えて歯を喰い締めていたクロコダイルは、数瞬遅れて男の意図を理解する。
彼は経口でも吸引でもなく、粘膜から直接投与するつもりなのだ。
「―――――! 畜生っ、やめろこの変態共がっ、やめねぇかっ! やめろ、やめ………!」
蹴り上げた片脚は見張り番の腕に抱えこまれ、そのままの状態で固定される。もう一方は半ば跨られる体勢で倉庫番に押さえこまれ、元より両手の自由を封じられていたクロコダイルは、完全に抗する術を失った。無力な罵倒を続ける彼の目に、包みをほどかれた粉が男の手へ滑り落ちる様が映る。淡く光るような色に塗れたいかつい指が、犯されたばかりの孔に突き立てられる。
「………っあ、ぐぁ………!」
皮膚にすら守られていない内部が、遠慮なく拡げられる。自分の吐き出した精をなすりつけるように、男は精製された粉末を届く限りの奥まで塗りこめていった。取り扱ったことはなくとも、クロコダイルは自身に浸透してゆく薬の正体を知っていた。どこぞの小さな港の酒場で、卑屈に笑う小男が売り込んできたラインナップに名を連ねていたそれ。
摂取した直後から強烈な快楽が全身を蝕み、服用する量によっては正気を手放す危険性すらある正真のセックスドラッグだ。
「う……くっ、ふ……っ、ぁ、あ、ぁあ!」
波が上がるように、その感覚は来た。嬲られているその一点を中心に、血液が百度のシャンパンにでもなったかのような唸りをあげて渦巻き始める。押さえられた両脚の痛みは遠のいてゆくのに、触覚が鋭敏になるのが解った。皮膚が全て粘膜に変質していくグロテスクな錯覚。現実には下腹を突き上げる絶大な快感と、張り詰めて震える硬い肉がある。粘度の低い透明な雫がその先から溢れて、クロコダイルの腹を打った。
「勃つわけねぇっつったのは誰だっけな? ほら」
「っあぁ、あっ、や、いぁ……っ」
だらしなく潤いを零し続ける先端を掌でひとなでされ、それだけで達してしまいそうになる。根元まで呑みこまされた指は意図を変え、前立腺を探して抜き差しを繰り返しながら掻き回す。自分から立つ音の何もかもに憤死しそうだ。無意識のうちに最後の自尊心のよすがとしていた不感状態が、根底から覆されてゆく。急速に愉悦を渇望する身体に、彼は頭の中で狂ったように叫び続けた。
――――――嘘だ、嘘だ嘘だ何も感じない俺は何も感じてやしない嫌ださわるなこれ以上おれにさわるな!
「ひっ………あぅ、ぁ、ああぁあっ!」
曲げた指を揃えて探り当てられた性感の源泉を抉られ、クロコダイルはあっけなく達した。
体温と同じ温度の精がびしゃり、と胸や腹にかかった瞬間、かろうじて必死に保ってきた何かが潰れたのが解った。左手を失って後、彼に残されたのは己の身ひとつだった。だが自らの意思に沿うて蹂躙を拒み続けたそれすら、たった今奪われた。圧倒的な悦楽に喰らわれる中で、クロコダイルは自分の死を自覚する。
暴行を受ける度に殺してくれと願っていた。けれど、前途を絶たれ全てを奪われ、人として在ることを否定されているこの有様は、死んでいるのと何が違うのだ。人は生きたまま死ねる。言葉遊びでしかないような結論にも、もう笑う気力すらない。
指を引き抜かれ、再び貫かれる。突いて抜かれるごとに、吐精するのではないかと思うほどの快楽が押し寄せた。見張り番の辛抱が切れて口腔に突き入れられると、口の中も余さず性感帯になっていて背筋がわななく。薬のせいだけでなく、総身から力が抜ける。
守るべきものをあまねく失くした後でなお抗う理由を、クロコダイルは見つけられなかった。
歯向かうことをやめた抱き人形を、船員たちは思う様弄んだ。
船倉での監禁は解かれたが、それは自由を得た故ではなく、自らの足で言いつけられた男の元へ向かわせるための措置だった。部屋から出された際に悪ふざけで首輪を嵌められ、それが這いつくばる犬を連想させるのか、彼らは口淫を強制してくることが多い。見回りなどは数人でまとまって休憩を交代するので、咥えさせられた上で突き上げられるのは茶飯事になりつつあった。甲板に出されて行われる行水とほとんど抱き合わせの陵辱も、猥雑な言葉で犯してくれとねだらされることも、跨って自ら腰を揺らすことさえも、クロコダイルは諾々と受け入れ従った。
感情を手放した彼の物事を判断する基準は、赤子と同じ快と不快のみだ。薬と馴化によって爪の先まで愉悦を刻まれた身体は、殴られないよう吐き出された精を飲み下す術を覚えた。手荒に扱われるかそうでないかで船員を見分けるようになり、その頃には船が港に停泊しても逃げようと思うこともなくなっていた。逃げたとてどこへ行くあてもない。帰る場所はとうに棄てていた。
「…っは、ぁ、あぁ、あ……っ」
折角の陸なのだから女でも買いに行けばいいものを、何人かの物好きは船に残ってクロコダイルを慰んでいた。そのうちの一人が言い出したせいで、彼は船長を務めていた頃の服を着せられている。風除けのための高い襟がついたコート、白いシャツは麻だが彼の持ち物の中では珍しく洒落ていて、裾と袖口に同じ光沢のある白で刺繍が施されている。清潔な黒いボトムと履き慣れた筈のブーツは、ろくなものを食べていないからか少しだけゆるく感じた。
左手がないことを除けば、以前と全く変わらぬ格好に整えられた彼は、しかしその姿を保つことなくいつも通りに暴かれる。繰り返しキャプテンと呼びかけられながら、クロコダイルは虚ろな目で天井を眺めていた。喜怒哀楽が機能しなくなっても、性感は勝手に態度と表情を作ってくれる。感極まれば眉を寄せてしがみつき、かすれた声が不規則にスタッカートを打って相手を煽った。
「ああ、キャプテン、キャプテン……ッ」
着せたくせに脱がす余裕もなかったのか、ボタンを留めたままたくし上げたシャツの下から、男は膚をまさぐる。忙しなく腰を打ちつけているというのに、胸の先端に食いついて執拗に舐ってくる。鈍く血の色を透かすそこを舌で弾かれ、柔く噛まれてクロコダイルは喉を反らした。
「あ、ァッ、ひぁ……っ、あぁ!」
深くまで滾る肉を迎え入れたまま達すると、不随意に蠕動する内壁に絞られて男も背を震わせた。まるで恋人との情事のようなタイミングの良さがいっそ悪趣味で、クロコダイルは無性に空しくなる。
「キャプテン……………」
かつての肩書きで呼ばれることにはもう何も感じない。無感動に舌を貪られながら、彼はただ男の性的嗜好を不可解だと思った。船長に仕立て上げた外見を嘲笑するでもなく、昔をなぞるようにキャプテンと連呼して遂情する。じきに次の男がやってきて替わると、今度はシャツもボトムも酷く汚されながら抱かれたが、そちらの方がまだ理解はできた。
どちらにしろ、やり方が異なるだけで結局蹂躙されることに変わりはない。男の命じるままに奉仕し、その腹の上で身体を弾ませているうちに、クロコダイルは先の男のことを忘れた。
数日後、人の出払った平船員用の雑魚寝部屋でまどろんでいた彼は、突然揺り起こされた。立て続けに数人に犯されたせいで、気を失ってそのまま眠ってしまったらしい。身じろぐと、始末していなかった粘液が下りてくる感触があった。
「起きろ、起きろって、なぁ」
薄っぺらい毛布越しにひそめられた声を聞いて顔を出すと、先日の「キャプテン」に固執する男だった。明かりがないので視界は不鮮明だが、口調と肩を掴む手の強さから興奮しているのが解る。まだ覚醒しきらないクロコダイルにも構わず、男は熱っぽい声音で続けた。
「今夜は一人でいろ、今夜あんたを逃がしてやる」
「………………無理だ」
一点の曇りもない事実を口にして、彼は甘言――もっとも、彼にとってそれを魅力的だと思う時期は過ぎていたが――を切り捨てた。元々彼が築いたシステムだが、この船は眠らない。深夜でも明け方でも、常に少なくない船員が見回っている。クロコダイルは慢性的な睡眠不足から、それが今も機能していることを知っていた。夜には昼番の人間が、朝には深夜番の人間が、それぞれ彼を犯しにくる。監視の目が途切れない船から、目立つ長身の男が逃げ出すのは土台無理な話だった。
だが、男は否定を意に介することもなく鳶色の目を輝かせている。
「できるさ、今この船には「悪魔の実」があるんだ」
悪魔の実、という言葉にクロコダイルの眉がかすかに跳ね上がった。
口にすれば海を厭う体と引き換えに、絶大な力を我が物にできる果実。この世に同じ力を齎すものはひとつとしてなく、その希少さから相場は常に数億ベリーの黄金の実だ。勝手にまくしたてる男の話を聞けば、どうやら港の老いた漁師が漂流している悪魔の実をそれと知らず網にかけ、魚と共に露店に並べようとしていたところを船員が見つけたのだという。銅貨数枚で一財産を得て献上した船員に、現船長は皮袋いっぱいの金貨をくれてやったようだが、そんな褒美は実の真価に比べれば些細なものだ。
「俺がそれを食って、あんたといっしょに逃げてやる。悪魔の実の力があればどうにでもなる」
見通しが浅すぎ、楽観的すぎる言動に反して、男は懇願するようにクロコダイルの肩を抱いた。
「宝物庫の鍵は船長が持ってるはずだ、入れるわけがねぇ」
意味のある会話をするのは久しぶりで疲れる。拙い思いつきを聞かされて睡眠時間を削られるのは御免だと、彼は再び毛布を被った。するとその上から男は抱きついてきて、しつこく耳元に唇を寄せてくる。
「宝物庫にあるのは箱だけだ、中身はあいつが武器庫の奥に隠した。尾けて見た。今夜は俺が武器庫の見張り番なんだ、出入りなんざどうにでもなる。なぁ逃げよう、俺と外に出るんだ」
生ぬるい息が耳朶を濡らす。そこからざわざわと半身に痺れが這って、クロコダイルは沈もうとした意識を吊り上げられる。いっそ襲いながら喋ってくれればいいと思った。そうすれば眠りを諦められるし、動いている間に駄弁も終わって一石二鳥だ。
「逃げてもどうすりゃいい、この手でまともに暮らせると思うのか」
暗がりに、強い酒の色をした光彩が薄く光る。嘆きではなく、それもまた純然たる事実の提示だった。
「俺がどこへでも連れてってやるよ、俺、俺はあんたが――――あんたが好きなんだ、キャプテン!」
思いつめて高揚しきった囁きに、どろりと鼓膜が塞がれたような気がした。幾分肉の薄くなった肩に食い込む指を突然はっきりと感じ、クロコダイルは瞬時に覚醒する。好き、と言った。今覆いかぶさっている男は、自分を好きだと言った。
「……………………何で、だ」
啼き続けてささくれた声が、震えているのが解る。頚椎から鳩尾へ熱した鉄を突き立てられ、それが体の中心をゆっくりと焼いてゆくような感覚が生まれる。毛布を握りしめる指は力が入りすぎて、関節が白くなっていた。
「この船に乗った時からずっとあんたに惚れてた、俺のキャプテンはあんただけだ……!」
返ってきた答えは見当違いも甚だしかった。彼は男が恋慕している理由を訊いたのではない。
他の船員達と同じように己を玩弄しておいて、何故そんなに恥知らずなことが言えるのか。
自分だけを船長と慕っているならば、どうして犯した。あの一度だけではなく、男の顔は幾度も見上げた記憶がある。この状況下で彼を庇って抗うことは海賊団からの離脱、ひいては死であると考えずとも解る。だが、男は現船長への恭順を示すポーズとしてクロコダイルを蹂躙したわけではない。男は自分自身の意思で、玩具に成り下がった彼を貪った筈だ。
以前の彼なら同性に身体を開くなど有り得なかったし、またそれをさせないだけの強さもあった。けれど捨てられた猫にも劣るほど生き抜く力と誇りを失い、彼は男の手に届く存在となった。そして男はそれを嬉々として享受した。おそらくこの船が悪魔の実を得ないままだったなら、彼はクロコダイルを救う気など起こさなかっただろう。
否、男は彼を救いたいのではない。自分だけの愛玩動物として飼えるように、この船から連れ出したいだけだ。
「……………クッ」
唐突にこみ上げてきた笑いを、済んでのところで押し留める。死んだかと思っていた感情が突然発露し、クロコダイルは制御に手間取る。おかしくて堪らないのに、震える腹の中では溶岩が波打っているようだ。振り切れた憤怒が笑いを呼ぶことを、彼は初めて知った。
初めは捨ててくれればよかったと思った。次には殺してくれと願った。既にして死に等しい生であることを悟ってからは、ただ鼓動が止まる日を待っていた。けれど、自ら死のうと思ったことだけは一度もなかった。そして彼は今、その理由に気付いた。
ひとは、所詮何の故によっても他人の為に死ぬことなどできないのだ。
世に尊ばれている愛情も信頼も、欲望と依存を包装紙でくるんだ幻想にすぎない。その証拠にこの男は何をして何を言った?
「ク、ククッ、クハハハハハッ!」
とうとう堪えきれず、クロコダイルは唇をゆるめた。予想外の反応に不審がる男がことさら愚鈍に思える。意識して笑いを収め、肩にかかった手をゆっくりと引き剥がすと、彼は男に向き直った。
「悪魔の実は今夜確実に手に入るんだな?」
密やかさを取り戻して尋ねてくる声に、目の前の顔は一転して喜色を浮かべた。己の意のままに事が運ぶ予感だけで、男は興奮を蘇らせる。
「あ……ああ、絶対に奪ってみせる!」
質問を一足飛びに逃亡への同意ととって、男の語気は弾んでいた。それを勢いづけるように、クロコダイルは彼の肩口に頭を滑りこませる。薄い唇をその耳に近づけ、さっきとは反対に囁く側に回る。
「待ってる。――――――――――必ず俺を救ってくれよ」
アマレットのように匂い立つ声音は、男を陶酔させるには充分だった。