「ここの外に、もう俺の世界はねェんだ」
薬指にはまった指輪を抜く。いっそ首輪であれば、返上せずにいたかもしれない。彼に出会う前の自分なら、無様だと嘲笑しただろう考えがよぎる。
差し出された指輪を、ルフィは受け取らなかった。
「駄目だ。それはもうお前んだ」
聞き分けない子供が、そのまま大きくなったような物言いだ。予想通りの反応に、ドフラミンゴは苦く笑う。
「フッフッ、ガキじゃねェんだ、聞き分けな」
諭すような口調とは反対に、長い指はぐいとコートのポケットにそれをねじ込んだ。硬度も靱度も高い石だ、布に擦れたくらいで傷はつくまい。
「ドフラミンゴ!」
詰め寄って肩を掴んでくる手が熱かった。この手に抱かれたいと焦がれる人間が、どれだけいるのだろう。請われて望まれて、それでも自分ひとりを抱いてきた手だ。
「俺は死ぬまでここにいる。それが解らねェなら、お前とはこれまでだ」
ひらりと手を振る。それきり、ドフラミンゴは窓に顔を向けて会話を拒絶した。棘も刃もない、ただ徹底的にかたくなな意思表示だった。
握りしめられていた肩から、体温が離れる。立ち上がる気配がして、布擦れの音が静かな室内に響いた。
「ドフラミンゴ」
乾いた手の甲が頬に触れた。砂っぽくざらついた指がサングラスを取り去り、鋭い線で描かれた顎をとらえる。抗わず戻した顔には、いつもの皮肉気な笑みが浮かんでいた。
「おれには納得できねえ」
憤りに強く睨み下ろしてくる三白眼を、瞼を伏せてかわす。薄い唇が一層吊り上がり、とん、と薄いてのひらがルフィの胸を押した。
「『さようなら』だ、海賊王殿」

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