人が増え、船が変わっても、ドフラミンゴの主張は変わらなかった。船長の年若さと容赦のない略奪から、海軍は賞金首リストに彼の名を加えた。だが、依然懸賞金額を上げ続けているサー・クロコダイルには、及ぶべくもなかった。目標にしているつもりはなくとも、賞金首一覧が新たに公表される度、ドフラミンゴは自分と彼との距離を確かめていた。
十七になった年、海賊王が死んだ。
時代のシンボルが消える瞬間の空気が味わいたくて、わざわざイーストブルーまで船を出した。雨の中だというのに、刑場は敷地の外まで人がごった返していた。
今際のきわで、海賊王は笑ったらしい。最前列のざわめきの理由は後から聞いた。見事なものだ、と思わなくもなかったが、ドフラミンゴの関心は生憎それからの時勢にあった。
海賊王が正義の軍門に下ったのは、海賊が夢を見られる時代が終わりを告げたということだ。どれほど勇を誇る海賊も、いつかは終焉を迎えるという証明。だが、満場の場で一体何人がそれに気付いているだろうか。ドフラミンゴが思ったとおり、海賊王の遺産に目が眩んだ雑魚どもは、奥底に潜む絶望を悟りもしなかった。
なんて生ぬるい。
強い苛立ちを訴える感情とは裏腹に、薄い唇は企むような笑みを浮かべていた。無防備に喜怒哀楽を晒せば、足元を掬われると学んだ彼の、それは処世術だった。
(【よろこびのうた】より)
「……してやろうか?」
「え?」
上向いたドフラミンゴの、まなじりに残る涙の跡を拭って、クロコダイルは笑った。それは俗に、悪い大人の笑みと呼ばれる部類の笑顔だった。
「優しくしてやろうか、と言ったんだ」
表情と声音の双方から、言葉を額面通りにとってはならない雰囲気が溢れ出ていた。頷く前に、是非とも「優しい」という言葉の定義について、説明を求めたい提案の仕方だった。
しかし、絶望の底に身を投げた人間というものは、概して余裕と警戒心を失っている。それは、七武海中最高懸賞金額をマークした元大型ルーキーだとて、例外ではなかった。
「う、ん」
唐突な申し出についてゆけず、鋭い目をいっぱいに見開いたまま、ドフラミンゴは首を縦に振った。驚きに瞳孔を引き絞った彼の瞳は、色もあいまってセルロイドのようだった。
相手の専売特許を奪い、いよいよ唇の端を吊り上げたクロコダイルは、ソファから離れるとデスクに歩み寄った。電伝虫の受話器を取りながら、ドフラミンゴに命令する。
「鍵を閉めてこい」
能力を使えばたやすいだろうに、頭の整理がついていないのか、彼は立ち上がって自分の手で鍵を閉めに向かった。それを横目に、クロコダイルは内線を回す。念波の先は、有能な秘書兼裏稼業のパートナーだ。
「おれだ」
『あら、サー。何かご用?』
電伝虫がアルカイックスマイルを浮かべる。女の声色を真似る卓上の生物を、戻ってきたドフラミンゴが疑わしげな目で見つめていた。お前も顔を見たことがあるだろう、と言いたくなったが、口はひとつしかないのでクロコダイルは通話を続ける。
「明日の朝まで空かねェ用ができた。天竜人でも来ねェ限り、連絡は入れてくるなと支配人に伝えておけ」
『それ以外の不測の事態が起こった場合は?』
「お前の裁量に任せる」
『そう。了解したわ』
勘繰るような間も空けず、ニコ・ロビンは頷いた。彼女は既に自分とドフラミンゴの関係を知っているので、邪推されることもない。
(【A lot!】より)

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