ああ、困る、困る。
ソファの端と端の、微妙どころじゃない距離から持田の横顔を窺って考える。困ると言うなら、もうとうの昔に困りきっているのだけど、更に辿ればそれは九割方己の身から出た錆という奴で、同情の余地などないことは解っていた。それでも、困ると頭の中で繰り返してしまうのはどうしようもない。厄介で、手に負えなくて、悩ましい。
触りたいなあ、と思ってしまう。
やらしい意味でも、そうでない意味でも。
案外細いけれど華奢には見えない手首とか、なめらかに肩とつながっている首の筋肉だとか、目に留まるいちいちをじいと観察しては、脳内で咀嚼するように焼きつける。焼きつく。焼きついている。たとえばその首筋の、心持ち後ろあたりを噛んでやれば、どんなふうに息を詰めるか俺は知ってる。記憶の中の持田(振り返ってみるとこいつにまつわる映像は随分乱暴に脳細胞に詰め込まれていて、俺はノイズを取り除くのに酷く手を焼いた)は割と素直で、協力的で、でも捨てられるのを知っている動物みたいな目をしていた。最初から拾ってなんかなかったってのに、必死に拾おうとして空振りばかりしてる今の自分がみっともなくて、いっそ滑稽だ。首輪を用意して駆けつけてみたら、捨て猫はたくましい野良になってしまっていた。
「なに」
つめたくはないけどあたたかくもない声がこぼれる。ソファの真ん中あたりに落ちたそれは、結界のように俺を跳ねつける。この距離が最大の譲歩なのだと、本人から聞いた。
「なんでも」
ふ、と視線を液晶に戻して試合を追う。その努力をする。でなければボールの行方すらたやすく見失いそうだった。心臓に刺さりっぱなしの言葉は棘なんて可愛いもんじゃなく、ナイフのように相変わらず存在を主張している。
『達海さんを好きでいるの、もうやめたから』
それが大層おそろしい通告であると、あの日の俺はわからなかった。