必死に知らない振りをしていたのに、AC100Vのナルカミさんに直で言質を取られ猫ダズリレーに参加させて頂きました。あの日畜生と呻いた私は、割と本気でした。(なんかここだけ読むと心底嫌そうだが勿論そんなことはないですよ)
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次走者様はこちら→【西様】
では続きからどうぞー。
相変わらず満身創痍だったが、主は唇の端をかすかに上げて笑った。部下を安心させるための配慮かと、勘繰る自分に嫌気が差しながらもダズは願い出て、探し出した桶と手拭いでクロコダイルの体を清めた。彼が目覚めている状態なら、血迷うこともあるまい。事実、心をざわつかせながらも、ダズは一通り仕事を果たしてみせた。
「足りねえところはありませんか」
水に浸した布を固く搾りながら尋ねると、かるく手を振る仕草で断られた。手桶の水は泥と血とその他の汚れで薄く濁っていて、それを見たダズはごくかすかに眉根を寄せた。その間にも、飼い主の切迫した事態など預かり知らぬ子猫達は彼の靴やズボンの裾に爪を立て、登ってこようとしている。先ほどダズにつまみ上げられていたズッチは、再びクロコダイルの枕元に舞い戻り、あたたかな体を主にすり寄せていた。
「ある程度は人に飼われてたんだろうな」
これもダズが船内から拝借してきたシャツを羽織り、幼いけだものの毛並みを撫でながら、クロコダイルが言った。大きなてのひらがゆるく子猫の背をさすり、時折喉をくすぐる。気分ではないらしく、ズッチは何度も逃れるように首を振った挙げ句、咎めるようににゃあと鳴いた。不遜な態度にダズは肝を冷やしたが、クロコダイルは小さく噴き出した。
「……失礼を」
「あァ? てめェが謝ることじゃねェだろう」
主は殊の外上機嫌だ。アラバスタ時代に飼っていたバナナワニといい、やはり動物が好きなのだろう。今度は自分の番だとばかり、クロコダイルの膝の上で眠ろうとする子猫は、しかし部屋の隅から響いた音にぴんと耳を立てた。
人の声帯を真似たような独特の鳴き声は、使ったことのある者ならそれと解る。クロコダイルもダズも、驚いた様子を見せることはなかった。
「取りますか」
ズッチと同じく、隅の椅子に置かれた服の上の子電伝虫に視線を注いでいたクロコダイルは、頷きで返した。爪を出した手にじゃれられては哀れなので、ダズの手の上に置かせたまま通話を始める。途端に、電伝虫の両目がきゅうと吊り上がった。
『首尾はどうだ、ハニー?』
「やかましい。死ね」
ばっさりと切り捨てられても、楽しげな声音が落ちこむことはなかった。あるいは、これが彼らの常態なのかもしれない。平静を保とうとするダズの努力を打ち崩すように、ドフラミンゴは下品な軽口で会話を続けた。
『ひとまず憎まれ口を叩くだけの余裕はあるみてェだなァ。七武海を顎で使った見返りは高くつくぜ? 本当なら、今すぐ膝の上で揺さぶって啼かせてェところだ』
「わざわざ子電伝虫なんざ服に突っ込みやがって、言いてェことはそんなことか」
なぁん、とダズの肩でエドが鳴いた。退屈を持て余し、いつの間にか登ってきたらしい。目くじらを立てるなとでも言うように、首の後ろへしなやかな尾を巻きつけてくる。
『そんなことでもねェさ。俺がどれくらいお前を愛してるかなんて解ってるだろ?』
膝の上のズッチに目をやりながら、クロコダイルは心底嫌な顔をした。飾った言葉を厭うているのか、ドフラミンゴ本人を嫌っているのかは判じかねるところだ。
「てめェほど愛って言葉が似合わねェ野郎もいねェな。用がねェなら切るぞ」
言った時には既に、クロコダイルは受話器を置こうとしていた。遠くなる声に、電伝虫の唇が大きく開く。
『待てよ、これからお前、どこに行こうってんだ? どこに行こうと、いくらも経たずに居場所は知れるぜ』
自信に満ちたドフラミンゴの言葉は、事実らしかった。主の無言の返答が、それを証明していた。
『なァ、俺の下に来いよ』
ぐるり、とブラッキーがダズのくるぶしに頭をすりつけてくる。部屋に響くのは、子猫たちの立てる物音と遠い波のざわめきだけになっていた。軽薄な口調の底にある、ねとりとした感触に、主も彼も気付いていた。
ほそく長い溜息をつき、クロコダイルが口を開く。ダズは無意識に緊張し、一瞬後に己を恥じた。
「ぬりィんだよ、現七武海様」
物の解っていない子供に呆れるような、軽い失望の滲んだ声だった。
『……あァ?』
意味を測りかね、疑問符だけを返すドフラミンゴに、クロコダイルは言葉を継ぐ。
「てめェの誘いには応じねェと言ったはずだ。思い通りにならねェ人間を、この期に及んで口説こうなんざ、眠てェにも程があるんだよ」
はっきりと、薄い唇が弧を描く。ああ、見覚えがある。他を睥睨する金色の眼に浮かぶ、嘲りと揺るがぬ自負。
己の束縛を許さない、支配者の笑みだ。
「腐っても海賊なら、四の五の言ってねェで奪ってみやがれ」
背骨が、震えた。
小電伝虫の口角が、束の間下がって、それから弾けるように笑いだした。
『フフッ…フッフッフッフッフッフ! 言ってくれる! あァ、それでこそだなァサー・クロコダイル!』
「お褒めにあずかり光栄だ」
全く感情を乗せない声でクロコダイルは言い、受話器を持ったまま、とんとんと唇の端を叩いた。察したダズが、空いた片手で傍らのシガーケースを取る。
「ともかく、パシフィスタの追跡はてめェがなんとかしろ。不出来な部下の尻拭いも出来ねェ男と寝た覚えはねェ」
薄々恋慕を感じ取っている部下の前で、彼はさらりと言う。そうあるべきだとダズは思う。主が部下に気兼ねすることなどあってはならない。気遣いならなおさらだ。
『フッフ! 全く可愛くねェ野郎だ。オーライオーライ、やってやるよ。その代わり、俺以外に捕まったりしたらそいつごと八つ裂きにしてやる』
洒落にならない――というよりも、洒落ではないのだろう――台詞とともに、ドフラミンゴはクロコダイルの要求を飲んだ。客観的に見て、この男はやはり主に執着しているのだろう、とダズは考える。固執の種類を問わなければ、その点において自分と彼は同じだ。
「その前にてめェもろとも砂に還してやる」
素っ気なく切り捨て、クロコダイルは通話を終えた。床に滑らせていた目を上げ、差し出させた葉巻を取る。火まで点けようとするダズを断って、ゆるゆると先を炙った。
ひと飲みして、口を開く。指に挟まれて唇から離れる嗜好品が、指揮棒のようにゆらめいた。
「さて、作戦会議と行くか」
子電伝虫は腕時計型でなく、受話器がついた型ということで。
私信:次走者の西さん、心からごめんなさい。

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