【コシハタ】
かすれて端の裏返りかけた声が俺を呼ぶ。呼んでるつもりで呼べてないのは俺のせいだ。名前を組み上げる音が、ガラス玉のように零れて散ってゆく。ゴール裏に立つお前の喉が嗄れないよう祈るだけで、止めてやれない自分に呆れた。このまま抱いていられるなら、けだものでもいいと思った。
しとしとと光を含む早春の雲が、針のようにほそい雫を落とす。急な雨に降られて、出ていた狐が慌てて帰ってくる。記憶が確かなら、宝物殿に納められていたはずの唐衣を雨除けにして軒先に駆け入る姿と、空模様があまりに出来過ぎていて、思わず噴き出す。嫁に、来るか、なあ。
(宮司村越とお狐羽田)
受け答えする声が、途端にたどたどしくなった。不自然に小さくなる声と、服の裾を握りしめた手。が、よく見ると震えている。まさかと目を逸らそうとした瞬間、シャツに浮き出た形に日和見していた自分を罵る。鮨詰めの車内で無理をして抱き込むと、その首筋はおそろしく紅かった。
(痴漢される羽田)
【ドリハタ】
ああいう見た目の子だから、酷く遊んでるか驚くくらい身持ちが固いかのどちらかだと思った。ネット越しに指で触れた唇は薄いけれどやわらかく、隙だらけでなかなか可愛らしい。マフラーにうずめた顔が一気に茹で上がるのを見て、思わず笑う。うん、おじさんそういう反応、好きだなあ。
風呂に入ってないなんて可愛いことを言うものだから、担ぎ上げてバスタブに放り込んだ。叩きつけられる温水にシャツを濡らされるまま、呆然と固まった相手に構わず上を脱ぎ捨てたところで、堪りかねて縁を跨ぐ。勝利の高揚を持て余して、目の前に獲物がいて、お預けなんて嘘だろう。
【ハタゴトハタ】
中途半端に色の抜けた髪が下りているのを、初めて見た。まだ濡れているその先を摘んで若く見える、と笑ったら拗ねた目であんたに言われたくないと返される。きっちりひと回り違う歳の差を実感するのはこういう時で、ここで可愛いなんて言ったらまた顔を顰められるんだろうな、と思った。
【鬼畜ゴトハタ】
ごめんな、苦しいだろうけどあんまり大きな声だと隣に聞こえるから。眉を下げて笑った男が俺の口にタオルをねじ込んだ。呻きは塞き止められても、泥溜まりを踏むような音は相変わらず絶えない。眼の裏が熱くて吐き気がする。唯一呼吸を許された鼻腔は、煙草の匂いに侵されて焦げた。

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