ドフ鰐アンソロの連動企画を書くつもりが、昨日ジャズライブハウスに行ったせいでいつぞやのパラレル熱が吹き返してこんな有様になりました。そろそろOP世界に戻ってドフ鰐書くべきだと思うんだぜ、自分…。
短いです。
・ドフラ→ジャズシンガー、鰐→ライブハウスオーナー
・鰐は元アマチュアジャズピアニスト(歌も歌える)(左手を病んで断念)
・すでに出来上がったものがこちらになります
・甘い
・すごく甘い
・世界観の半分はふわっと感でできています(管理人楽器できません)
・管理人が田中ボイスに夢見すぎ
以上、よろしければどうぞー。
拍を落として、けれど充分リズミカルに打たれたスネアドラムで、演奏はぐっと軽やかに移り変わる。
客が入れたリクエストだろう、誰もが聴いた事のある甘く弾むようなメロディに、クロコダイルはほんの少し笑ってトニックウォーターを置いた。流れている曲をアルコールにしたらこんな色ではないか、という薄い桃色のカクテルを、アルバイトに合図して運ばせる。
フロアでたゆたうように音楽に身を任せる客の間を縫って、視線は勝手にステージの上へと向かった。手を取り合うダンスにはまだ早いが、前曲よりずっと穏やかで柔らかい曲調が、老いた常連達までを立ち上がらせる。カバーなら女性シンガーのものの方が有名なのに、これをあの男の声で聴きたい客がいるのか。似合わないとは言わない――むしろうってつけだとすら思う――が、ついさっきまでの強烈にビートを効かせたSteppenwolfとの落差に、思わず苦笑する。自由を手に入れろと吼えていた声が、今は耳が溶けそうなほど甘ったるく愛を歌っている。今時のポップスに比べれば捻りのない、ただひたむきに愛しい人へ言葉を尽くすだけの詩は、優しい声音に紡がれて束の間聴く者に恋をさせる。相手がいようがいまいが関係ない。そういう歌い方をするのが、ドフラミンゴという歌い手だ。
手拍子を求めながら豊かなビブラートを聴かせる彼を、クロコダイルはカウンターの中から眺める。フロアの熱が高まってゆくにつれ、店側は暇になる。下げ物をしながら歌を口ずさむ余裕も生まれるから、売上に繋がりにくくなるこのサイクルを、従業員は歓迎していた。ライブハウスで働きたがる人間など、みなそんなものだ。オーナーであるクロコダイルとて、ややそのきらいがあるのだから仕方ない。かつては見つめる先の世界で生きようとしたこともある男が、聴き惚れるスタッフと異なる意見を持つことは出来ない。
艶かしいブレスは、けれどどこか真摯な告白の前触れのようだ。手持ち無沙汰に腕を組み、彼は繰り返される歌詞を先んじて思い出す。あまりにも有名なナンバーは誰かの前で歌うには齢を経すぎているが、覚え込んだ無数の曲のインデックスの中に、確かに存在している。
――――目が離せない、せつない、あなたしか見えない
頭に浮かんだ文章の羅列は、次々に豊かな色を帯びて恋人へのラブコールへ変わる。リフレインに差し掛かる直前、ステージの斜め後方に造られたカウンターへ、鋭く吊り上がった翠色の瞳が向けられた。息を吸う、その刹那の笑み。予期していなかった表情に、クロコダイルは厨房の入口に凭れたまま瞠目した。彼を目に捉えたまま、ドフラミンゴは再び歌い出す。
――――愛してる、もし頷いてくれるなら
甘く、低く。
伸びやかに、囁くように。
――――いてほしい、つめたい夜の傍らに
かすかに震えて優しく、音を乗せる吐息に眩暈がするほどの情熱をこめて。
どこまでも甘く、あまく、あまく。
――――お願いだから信じて
――――愛してる。
堪えきれなくなって、クロコダイルは右手で両の目を覆った。その下の眉は険しく、てのひらを睨む金茶の瞳ははっきりと剣呑な色を宿している。けれど歯を食い縛る気力まではなく、深い溜息をついた唇は小さく呟く。あの馬鹿、と言ったつもりの声は、音楽にかき消されて自分ですら聞き取れなかった。
まさか、これをやりたいがために選んだわけではあるまいに。打ち消そうとして、いかにも彼の考えそうなことだと気付き、こめかみを揉む。常日頃から恥ずかしいことを平気でやる男だとは思っていたが、お互いの仕事中にまで仕掛けてくるとは思わなかった。サングラスを外したのは、視線の在り処をあきらかにしたのは、だからか。
ゆっくりを手をどけ顔を上げると、客を煽っていた彼はすぐに気付いて、またまなざしを投げてくる。その胸焼けしそうな甘ったるさ。一瞬だけ下がった眉は謝罪の代わりとでもいうつもりか。心の内で苦々しくなじっても、救い難い事にクロコダイルは己の悪態がポーズであることを知っていた。顔を作ってみても一向に育つ兆しのない怒りを見限って、彼はもうひとつ嘆息する。
ならばせめて意趣返しくらいはしてしかるべきだ。そこまで考えて、クロコダイルは戸口に預けていた背を離す。客のいないカウンターに頬杖をついて、愛用の葉巻に火を灯す。ひと口呑んだところで丁度タイミングが合った。何度目かのリフレイン、動いた彼を、ドフラミンゴはきちんと注視している。腰を抜かせ、と思いながら、クロコダイルは最後の数小節だけ、彼と同じように唇を動かした。もしこれで見つめる男が音を外す下手を晒しても、それは決して自分のせいではない。
――――どうか、愛させて。