ぐずり、ずるり、と耳の奥にこごる音が、脳細胞に流れこんでは脊髄を灼く。
「ねー、こっち見てよ後藤」
首を振るでもなく、けれど顔にかざした腕を退けるでもない後藤の膝に、達海はかるく歯を立てた。自分は好んでそうするくせに、されるとなると途端にびくつくのはどういうことなのだろう。緊張した腿に連動して、達海を容れた粘膜がぬるりと絞まった。
「ぅ、あ」
自滅気味の性感にふるえる息をこぼす後藤は、きっともう、すこし泣いている。セックスをしている時の後藤は、いつでも意気地のない子供のようだ。
「あ、ぁ、たつ、たつみ、……っ」
あちこち跳ねた呼びかけに構わず、ゆっくりと出し入れを繰り返す。何がしかの意思を持って呼んでいるわけではないと解っているから、達海は応えなかった。皮膚も張っていない生身の内側を、他人の肉で擦られる感覚に、堪えかねているだけなのだ。はじめて抱いた時、後藤自身がそんなようなことを言った。というより、言わせた。
「ひ……っ」
ゆるりと退いて、圧しかかるように捻じこむと後藤は息を呑んだ。押し上げた腿が一斉に粟立つのを、てのひらで感じて笑う。
「はっ、かわいー」
互いの下腹を密着させ、根元までうずめてなお、達海は深くまで繋がろうとする。物言いたげな口が息を吸ったので、腰をはやめて反論を阻む。意味のない抗議を声の切れ端に変えるのは、愉しい。
濡れた粘膜の境界線を、ぐるりと指でたどる。健気に拡がったその縁をよく見ようと、親指で尻の肉を除ける。年齢の割に脂肪の少ない体型ではあるが、やはり人間の身体で最も肉が厚い部位だ。
「やーらしーんだ。こっちもほら」
「うわ、ぁ、あぁっ、」
五指で絞るように張りつめきった前を扱けば、驚きと快感が半々ずつで後藤が喘いだ。脛から足の甲までぴんと筋が通り、その先の指がきゅうと巻く。すぐに離した手は、透明な体液でぬるついていた。指先を舐めると塩からい。
お情け程度に与えられた愛撫で、もう堪らなくなってしまったと後藤のなかが訴えてくる。こういう瞬間に、肉食獣の食欲は愛情と同じベクトルだという話を、達海は思い出す。かわいいとたべたいは、確かに似ている。
「こっち向いてってば」
無造作に乳首を摘みながら、達海は身を低める。後藤はここも弱い。なおも視線を遮る腕を、獣のように額でよけて舌をからめる。
「ふ……っ、ん、ぐ」
濁音つきの声はあまり可愛くないが、下腹にはくる。爪の先で胸の先端を弄る度、湧く音を飲み下しては後藤の上顎をねぶる。奥よりも浅い、前歯の裏あたりが弱いことを、達海は経験で知っている。唇の端からあふれる唾液を舌先で拭ってやるけれども、どうせ濡らしてしまうので大した意味はなかった。
唇で唇をやわく挟み、間近にとらえたくろい瞳は予想通り濡れていた。
「た、つみ、も、動い、て……っ」
どんなにちいさな声でも、聞こえないはずのない距離で後藤がねだる。懇願に近い、切羽詰まったそれに応えて腰を抱え直し、そしてやめる。達海の一挙一動に感覚を研ぎ澄ませていた彼は、いっそう泣きそうな顔をした。
「お前ね、顔に出すぎ」
頭を撫でてやりたいとすら思いながら、達海は傍らに投げ出されていた後藤の携帯を拾った。先日スマートフォンに機種変更したばかりのそれは、本人もまだ基本操作程度しか把握していないと言っていた。自分の携帯を持たない達海に至っては、ひとつしかできることはない。
「待て、何してる、んだ、お前」
側面のボタンを押して、画面をスライド。伸びてくる後藤の手をかわしつつ、彼に教えてもらったサムネイルをタップする。はたして、大画面液晶には後藤がもうひとり。
「言ったじゃん、こっち向いてって」
耳どころか首筋まであかくのぼせた持ち主に、それを奪い取られる前に腰を入れた。片手が空かないので不安定なのは否めないが、それでも酷いほどに弱いところを狙って、削るように突く。枕に懐いた後藤が上体を捻り、腹にこぼれた先走りがつうと脇へ伝った。
「ぃ、やだっ、ぁあっ、ア、や……っ」
淫猥極まるありさまで粘膜をうごめかせて、どの口が、と思う。AV女優じゃねえんだから、は最初の頃思った。全てが計算でないことを悟った時には、驚愕のあまりいっそ静かな心持ちになったものだ。なんなのお前誰に仕込まれたの、とは、正直今でも思う。
「駄々こねんなよ」
シーツを掻く手をぐいと引いて、まず一枚。身を捩って逃れようとする背中も達海は好きだったので、二枚。顔を隠そうとしたので、ならばとひっくり返して後ろから繋がり直し、三枚。センサーのようなシャッター音がする度に、達海をあまやかす内壁は収縮した。
「ほんと恥ずかしいの好きな、お前」
ぴったりと覆いかぶさって揺さぶり、吹き込むついでに耳殻を食む。質問ではなく断定だった。達海より後藤の方が圧倒的に体格で勝るのだから、嫌ならさっさと取り返せばいいのだ。目の前に携帯ごとシーツに伏せた達海の手に、しかしそれは留まり続けていた。正常からやや逸脱した己の指向を、認めたがらず抵抗する彼は、率直に面倒な性質だと呆れる。
「すきじゃ、ない……っ」
かたちばかりの否定を聞き流しながら、達海は液晶を上向ける。三枚目の写真は、局部にズームして撮ってみた。体温に馴染んだジェルにまみれて、そこははじめから性器を呑みこむべき器官のようにうるんでいた。デジカメと並ぶ画素数は、こんなところで凶悪な破壊力を持つ。
「好きでしょ、ほら」
促され、従うしかないというていで瞼を上げる後藤の往生際の悪さに楽しくなってくる。すぐに枕に顔を埋めようとするのを許さず、顎をとらえて固定する。顔を逸らすのは、一度見てしまった己の惨状から目が離せないからだ。
「っや…だ、消せ、消せって……!」
「嫌なら見なきゃいいんじゃねえ?」
一音一音を区切り、べたりとした発音に笑みを含ませて、達海が囁く。できないことは知っている。だが観念しろとは思わない。あられもない自分に恥じ入りながら、どうしようもなく興奮する後藤を抱くのは、とても気持ちがいいのだ。
かわいい、よりたべたい、が一瞬勝り、達海は後藤の肩峰にがぶりと噛みついた。そのまま吸って、あさくついた歯形を癒すように舌でなぞる。うなじから背骨のくぼみへ移り、ぞろりと舐め下ろすとかすれた声が裏返った。もう達海は携帯を見せてはいないが、後藤の網膜には猥雑な粘膜の交合が焼きついている。
「あっ、ぅっ、んんっ、ん――――……っ!」
ピローケースに口を押し付けて、後藤ががくがくと腿をふるわせた。おおきく痙攣するなかを好き勝手に刺しつらぬき、達海もやや遅れて吐精する。それで後藤はさらに追い立てられて、彼が落ち着く頃にはすっかり疲弊しきっていた。
「…………おまえな、やめろよ……こういうの…………」
砂浜に打ち上げられた魚を彷彿とさせる、ぐたりとした姿で後藤が携帯に手を伸ばす。なるべく見ないようにしながら、つい先程撮られてしまった画像を消すと、達海が不満そうに唇を尖らせた。
「やめたらがっかりするくせに」
「っし、ない!」
即答というには一瞬間ができたことには、当の本人も気付いていた。だが、素直に頷く日は今のところ来ない予定だ。
めんどくせえなあ、こいつ。
口に出す代わりに、達海はもう一度、後藤の携帯を取り上げた。