クラブハウスの主が、ようやく巣を移した。
冗談交じりの言い種を背に、達海はようやく居を改めた。とは言え新たな住まいはホームグラウンドから十分そこそこの位置で、依然としてクラブ内最短の通勤時間を誇ることに変わりはなかったが。肩書きにはそぐわぬ、しかし本人のひととなりを鑑みれば頷けるような、古びた小さなアパートの隅に、彼は間借りを始めた。記録媒体はともかく、彼自身の荷物は酷く少なかったからだろう。荷解きにてこずる様子も見せず、達海は越した翌日からいつものようにクラブハウスに顔を見せた。
「ただいまー」
がさがさとビニール袋を鳴らし、灯りをつける。台所と居間が二間続きの1Kは、引き戸を開けるとそこが居住空間のすべてだ。ベッドと折り畳み式のローテーブル、スチールパイプの棚を数えれば他に家具はない。それでも、DVDのケースや脱ぎ捨てたタンクトップが散らばる部屋は、雑然とした印象が拭えなかった。
「ごめんね、おなか空いたでしょ。あ、それより喉が渇いてるかな」
び、と包装容器のパッケージを破るように、達海はベッドに横たわる人間の口の封を解いた。
「だ、して」
一日中塞がれていた喉から滑り落ちた声は、ほそくかすれていた。うん、と頷いて、達海はペットボトルを彼の唇に押しつける。ゆるやかに流れ込んでくる水分を、持田は逆らわず飲み下した。逆らっても仕方がないと、理解していた。
「食ったら風呂入ろっか」
ああ、今日も自分の言葉は彼の耳に届いていない。
じゃらり、腹の上で両手を繋ぐ鎖が鳴った。
肉の薄い、節ばった指がずるずるとなかを拡げて暴く。
狭い浴槽の縁に額をすりつけ、腰を高く保つ。長い指の腹が粘膜越しに何度も勘所をなすり、その度に腿が震えるけれども、座り込もうとすると穏やかに引き上げられた。
「ひ、ぅ、た、つみ、さ、や、」
かぶりを振ったところで、指が三本に増えた。かたくなな括約筋をなだめるように、深く差し入れては手首を回す。手持無沙汰な片手が前に伸び、露出した先端をてのひらでくるんで撫でる。つるりとした縁を掴んでいた両手が滑り、ぬるい湯が跳ねた。
「うん、もう大丈夫かな」
ぬるり、と身の内を犯していた異物が抜き出される。肩で息をする持田の顎を後ろからとらえ、達海は体を起こさせる。引き寄せられ、散々ゆるめられた孔に他人の熱が突きつけられた。
「持田、おすわりして」
「い、っぁ」
貫かれる予感と、その言葉だけでふるえる。柔らかな口調でも、実質それは命令に違いなかった。
たとえば嫌だと抗っても、達海が逆上したり暴力を行使したりすることはない。ただ、反抗の意思を無視されるだけだ。持田の発した言の中で、彼の意に叶わないものは、全て鼓膜をすり抜けて生じなかった事柄として処理される。
このひとは壊れている。
「は、ぁあ、あ…あ、ァ、っ」
緩慢に、呑み込んでゆく。不自然な交合にも馴れてしまった。あやされるようにゆらゆらと揺さぶられ、腰がうねる。時折深く穿たれては、達海の膝に縋る。細い膝だ。おおきな、ひきつれた傷のはりついた、細い膝。
このひとにとっての心臓が脚だったならば、己もまたそうだったのだと、持田は思った。